斉藤匠のこと

齋藤 匠(さいとう たくみ)

まわりを「明るく楽しく元気」にしたい!その想いがすべての出発点です。
齋藤 匠(さいとう たくみ)プロフィール
1963年5月24日生まれ。小学校の頃から、お茶の間では常にテレビからお笑い番組が流れ、笑顔と家族の団らんに包まれた子ども時代を送る。 やがて、役者を志し、日大芸術学部演劇学科演技コースに入学。2年学んだ後中退。劇団加藤健一事務所に入団するも、思わぬ事情により役者になる夢を断たれる。
その後レーザー光線会社に就職。イベント映像や企業VP制作にあたる。その会社が三菱商事と共にAVソフト制作会社を作ることになり、プロデューサーとして三菱商事社内に2年間出向、最先端ビジネス環境の中、多大な影響を受ける。その流れで、当時の三菱グループの広告代理店である第一企画へ2年間出向。クリエイティブ局に所属し、第一企画スタッフとしてイベント制作・CM制作に携わる。
その後所属会社の経営者との意見の相違により、自分でも予期せず辞表提出。フリープロデューサーとして、第一企画と仕事を続ける。後、知人のテレビ制作会社の社長紹介で、(株)ザ・ワークスと契約、ウリナリの前身であるウンナン世界征服宣言の社外プロデューサーとして、日本テレビに派遣。そのまま新番組ウリナリの立ち上がりを経て7年、アクロ設立に至る。
現在では、子どもの頃の原体験から、人を楽しませること、笑顔にすること、家族の団らんを創り出すことに使命を感じるようになる。その体現として、バラエティ番組の創出やペアダンスの普及、「みんなが笑顔プロジェクト」などの活動に力を注いでいる。

テレビ業界に飛び込んで

人を楽しませるにはまず自分が楽しむこと

人を楽しませるにはまず自分が楽しむこと

「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」をご存じの方は多いでしょう。 その「ウリナリ」の前身『ウンナン世界征服宣言』が、私のテレビ制作プロデューサーとしてのスタートでした。フリープロデューサーとして企業の広告の仕事をしていた時、知人の紹介で(株)ザ・ワークスと契約し『ウンナン世界征服宣言』の社外プロデューサーとして日本テレビに出向したのです。1994年、31歳のときでした。

そして、そのまま新番組『ウリナリ』の立ち上げに携わることになります。怒涛のような日々の始まりでした。

30歳を過ぎてのテレビ制作プロデューサーとしてのキャリアのスタート。人より10年遅かったかもしれませんがこの『ウリナリ』という番組に関わり、人の10倍くらい働いたでしょうか。そしてこの間、多くの優秀な、才能あふれる人々との出会いを経て、自分の中にノウハウが急激に蓄積されていったと感じます。

テレビ業界には、「作る楽しさ」があり、自分の作ったものが多くの人に感動や影響を与え、それが自分の喜びになる素晴らしい世界でしたが、さまざまな問題・課題も抱えていました。それまで、レーザー光線装置メーカーでのイベント・映像制御での営業、また、大手商社とともにAVソフト制作会社を立ち上げ、プロデューサーとして企業の広報宣伝活動に携わるなど、外での様々な経験を経てテレビ業界に入った私には、とても遅れた世界に思えました。

当時まだテレビ局が開局して40年しかたっておらず、遅れているのは当たり前だったかもしれませんが、外部制作者の実態には驚かされました。第一線で活躍している優秀なディレクターでも、その仕事量や質に見合うとは言えないギャランティで昼夜なく働いていました。担当した制作物についても何の権利もありません。ADも能力のあるなしに関わらず薄給です。クリエーターとしての満足だけでは、夢を持ち続けられるものではありません。このように、作る側が不安定な身分で、将来への夢を持てない状況では、人々を楽しませる番組は作れないのではないか、これでは後進が育たない、と強く感じました。

このようなテレビ業界の現状を打破し、面白い番組をつくっていくにはどうしたらよいか…。せめて自分自身を取り巻く環境の中だけでも変えたいと思い、会社を設立する決意をしました。2001年のことでした。

「アクロ」をクリエーターの「アクロポリス」に

最高の意志を持ち・最上のソフト制作をし・最良の人生を送る

最高の意志を持ち・最上のソフト制作をし・最良の人生を送る

「アクロ」という社名は「最高、頂点」という意味の古代ギリシャ語であるアクロスという言葉から来ています。「最高の意志を持ち・最上のソフト制作をし・最良の人生を送る」そんな意味を込めて名付けました。アクロスとポリス(都市)の複合語である古代ギリシャの都市にあった高い丘「アクロポリス」は、市民の精神的な拠り所でもあったと言われます。「アクロ」を拠点に、個人個人がフリー感覚で、最高の才能を発揮する、そんなプロフェッショナルのディレクター&プロデューサー集団を作ろうと思いました。

おかげさまで、2011年で設立10年が経ち、現在、日本テレビをはじめ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京などの番組制作の他、ネットテレビや携帯の動画コンテンツ、DVDソフトの企画・制作まで行っています。

「地上デジタル放送」「携帯電話への番組配信」「マスへのブロードバンド展開」など本格的なデジタル化時代が到来した今、人々の心に癒し・ゆとり、そして感動を与えられる良質なエンターテインメントソフトがますます求められています。

2013年現在、制作に携わるクリエーターが30名近く在籍し、各方面で活躍していますが、全員がクリエーターであるというプライドを持ち、企画を形にし、共有財産となるソフトを作ることを意識して取り組んでいます。今後の目標は、「アクロ」企画制作の独自のコンテンツを作り、販売できる会社にすることです。

「メディア事業・文化事業を主とし、特に権利ビジネスを要とする」という事業目標、そして「“感動的な笑い”をもって人々の生活を豊かにする」という経営理念のもと、「アクロ」の作り出すものがどこまでエンターテインメントの世界を広げられるか、社会を明るく元気にすることができるか、これからが勝負です。

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人材が財産

人に感動をあたえるエンターテインメントソフトを生み出すために最も大事なのは優れた「人材」です。

10年以上かけて一人前というこの世界。「人材」を絶やさないようにするために新人のリクルートも積極的に行っています。毎年、当サイトを閲覧して、多くの新卒予定者が応募してきています。

「書類上の経歴だけで人を判断したくない」「ご縁のある方には直接メッセージを伝えたい」 という想いのもと、私自身が全ての応募者と面接をして、都度、必要な人材を採用しています。

この業界は、いろいろな才能や情報の宝庫です。つねに夢と理想を持って仕事に取り組めば自分を成長させるチャンスは至るところにあります。しかし、40代で現役プロデューサーやディレクターで活躍できる人はそう多くはない、厳しい世界です。そんな厳しい世界だからこそ、「自分の好きなことや得意分野を意識して自分を磨き、自分を売り込めるようになれ!次の自分の目標を見つけるための種をまけ!」社員にはそう話しています。

「アクロ」の企業風土は私がベースを作ったものですが、それを育てるのは社員です。30代、40代、と、キャリアを重ねていくうえでの自分の夢、理想とする姿をイメージし、次のステップを意識して仕事に取り組んでほしいと思います。

ひとりひとりがステップアップし、自身の価値を高めること、そして、次に続く人材を育てること、それが会社全体の力をアップさせることに繋がります。不況の時期こそ成長のチャンスと考えています。

社交ダンスとの縁

「シャル・ウィ・ダンス?」と「ウリナリ芸能人社交ダンス部」

「シャル・ウィ・ダンス?」と「ウリナリ芸能人社交ダンス部」

テレビ制作プロデューサーになってすぐ「ウリナリ」に関わり、「社交ダンス」に出会い、仕事として長年関わり、今ではテレビ業界で一番社交ダンス界に詳しいプロデューサーとなりました。

そんな私の夢は、「日本で社交ダンスを定着させる」ことです。

「ウリナリ」のロケでヨーロッパに行った際、子供から大人までが楽しめ、おいしいものを食べたり飲んだりできるダンスホールがたくさんあったことに影響を受けました。その時の体験が、「日本にいながら世界中のダンスを気軽に楽しめるダンスホールを作りたい」という想いにつながりました。また、結婚式や卒業式で、男女が組んで自然に踊る。そんな光景が日常的に見られる日本にしたい、とも感じました。

そんな夢を語っていくうち、2007年に「シャル・ウィ・ダンス?」という番組制作に携わることになりました。この運命的な出逢いから、プロのダンサー、ダンス好きな芸能人の友人も増え、いよいよ長年の夢である「日本で社交ダンスを定着させること」が現実のものとなりつつあります。

2009年10月には、夢への第一歩として、東京プリンスホテルにて「Wedding Dancing Happening??踊れないヤツが犯人だ?」(演出・南原清隆さん)をアクロ主催で制作しました。これは、「シャル・ウィ・ダンス?」に出演したプロダンサーとタレントたちによる、華やかな社交ダンスの舞台で、幅広い年代層の方々に受け入れられました。

更に、2010年には「社交ダンスを身近に感じたい」をテーマに、野々村真さん主演によるイベント「野々村真のファミリー・ダンス・コミュニケーション」を開催し、たくさんのご家族やご夫婦、カップルの方々にお運びいただきました。

2013年は、「KIDS社交ダンス協会」を立ち上げ、社交ダンスの魅力を多くの人達に感じてもらうために、日々活動をしております。また、11月には、日本初の障がいがある人とない人と共に創る「チャレンジド・フェスティバル 2013」を東京の代々木公園で開催致します。

すべてが「社会貢献」につながる

「社交ダンス」に加え、もうひとつ、私がこれまで深く関わってきたものがあります。それはPTA活動です。2005年から2012年までの7年間、息子と娘が通った千葉県市川市の小学校のPTA会長を務めてきました。そしてPTA活動を通して、子供たちを幸せにするために何かできないかと強く感じるようになりました。「アクロ」を設立したときの「この状況を打破しなければ」という気持ちが甦ってきました。

親たちが人生を楽しむことが、子供を幸せにする第一歩。地域が活性化しないと、日本も活性化しない。「おはよう!」と声をかけたら「おはよう!」と返事をする。そんな当たり前のことをちゃんとできる社会にしたい。地域でできることから始めたい。そう考えて活動を続けています。2009年5月から3年間は、市川市内56の公立小・中・特別支援学校のPTA全体を束ねる「市川市PTA連絡協議会」の会長を務めておりました。会長職を退任した後は、2012年6月より千葉県PTA連絡協議会監事に就任し、 2013年6月には「千葉県PTA連絡協議会」会長職を拝命致しました。これは、千葉県内34万会員・28群市PTA連絡協議会をまとめる会です。今後、活動の場を千葉県全体に移し、私のモットーである「明るく、元気で、楽しい」を地域社会に根付かせたいと思っています。

「仕事・個人・家族」 私はこの3つに対しバランスよく懸命に取り組むことが、人生を充実させると考えています。

「仕事」としての、人々が楽しめる良質なエンターテインメントソフトの企画制作。
「個人」の夢として、子供から大人までが気軽に学び楽しめる「KIDS社交ダンス協会」や、大人向けの総合エンターテインメント発信のライブバー「スターズ」の運営。
そして、「家族」として関わるPTAや地域活動の活性化。

すべてにおいて「社会貢献」を目指し、これからの人生をもっと充実させていきたいと思っています。

上記の活動の集大成として生まれたのが「みんなが笑顔プロジェクト」。 このプロジェクトの目的は、日本におけるダイバーシティ(多様性)社会の実現とノーマライゼーション(障害者と健常者の共存)の促進です。これらを実現していくため、以下の3つの方針をまとめました。

1. エンタメで日本を笑顔に!
私の本業である、テレビ番組制作・ダンスイベントなどのメディア制作で、日本中に笑顔を溢れさせることが第1の使命です。

2010年の春から開業した恵比寿エンタメライブバー☆スターズでの活動も、バーを舞台に行う芝居「スターズ☆シアター」や音楽「スターズ☆ライブ」などのイベント開催がメインとなっており、お客様にエンターテインメントを通じて笑顔になってもらいたい、という想いを原点に進んでおります。

2. ペアダンス、パーティーダンスで日本を笑顔に!
ウリナリ芸能人社交ダンス部から長年関わっている社交ダンスですが、この社交ダンスを更に敷居を下げて誰でも参加しやすいものとし、多くの人たちに男女がペアで踊ることから生まれるコミュニケーションの素晴らしさ・楽しさを知ってもらいたい。それらを知ってもらうことで日本中の人達が今よりも更に笑顔になると信じています。

私たちの世代は、子どもの頃から学校のフォークダンスでペアダンスを体験し、大人になってもディスコでチークタイムを楽しんできました。そういった体験の中から、男女間のトキメキやドキドキをたくさん味わってきました。ところが最近の子どもたちや青年は、ペアダンスを体験する機会がないのがとても残念でなりません。

社交ダンスというと、少し敷居が高い雰囲気がありますが、皆さんも洋画で卒業式の後のダンスパーティーや結婚式の後のダンスパーティーのシーンを観て、少しは憧れを持った経験があることと思います。その時の気持ちを思い出していただき、ペアダンス、パーティーダンス文化を今よりもっと身近なものとして日本に広めることが第2の使命です。

この普及活動を推進することで、日本の男女関係・人間関係・コミュニケーションが更に良くなり、トキメキ・ドキドキが復活し、思いやりの心も芽生えていくでしょう。結果、日本の婚姻率・出生率がアップすることと信じています。

3. 地域活動で日本を笑顔に!
2009年から2012年5月までの3年間に渡り、私の地元、市川市にて市川市PTA連絡協議会 会長職を勤め、同時に2009年からNPO法人いちかわ市民文化ネットワーク理事を拝命しております。そして2012年6月より千葉県全体の子供たちのよりよい教育、生活、将来を考えるために千葉県PTA連絡協議会の監事に就任いたしました。

市川市立小学校・中学校の子どもを中心とした活動で学んだことを、現在は千葉県の家庭と地域が「明るく元気で楽しくなる」ことに役立てる活動を繰り広げています。また同時に、市川市の市民ミュージカルや知的障害児ミュージカルの活動を通じて市民が「明るく元気で楽しくなる」活動のお手伝いもしております。

市川市という一つの最小自治体(コミュニティ)を笑顔に溢れる街にすることから始めたこの活動が、他市町村に広がり、結果、日本中を笑顔にすること。それが第3の使命であり、現在は新たなステージに到達して私の天命を実行しているところです。

そして、現在では3つの方針を横断して、障害を持った子どもたちとその母親によるチャレンジド・ダンサーズとの活動や、子どもたちにペアダンスの楽しさを伝える「KIDS社交ダンス協会」の活動などが生まれています。

これらの全てが社会貢献につながり、最終的には「“感動的な笑い”をもって人々の生活を豊かにする」というアクロの経営理念を実現することを信じて、活動を続けて行く所存です。

2013年4月

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